自他境界が曖昧なオタクとは私ですか?推しの言動に一喜一憂して疲れます

監修者の石川蓮(公認心理師)先生より

推しに一喜一憂して疲れてしまうのは、それだけ本気で誰かを応援できている裏返しでもあります。

自他境界という言葉に当てはめて、自分を責めなくて平気ですよ。

まずは推しの出来事のあと、自分の生活に戻れているか、そこだけ一緒に見てみましょうね。

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30代女性(会社員)

推しの配信を見ては気分が上がり、ほんの一言で気持ちが沈むのを繰り返しています。

SNSで自他境界が曖昧なオタク、という言葉を見かけてから、これは私かもと引っかかって。

好きでいるだけなのに、どうしてこんなに疲れてしまうんでしょう。

ココラボ相談室からの回答

ご相談ありがとうございます。

推しがいる毎日は、うれしいことも、ざわつくことも一緒に連れてきますよね。

自他境界という言葉に自分を当てはめて、無理に責める必要はありません。

この記事では、推し活で心が揺れる仕組みと、楽しさを手放さずに少し楽になる見方を整理していきます。

そのうえで、オタクをやめずに境界を育てる練習も、一緒に見ていきます。

「自他境界が曖昧なオタク」と言われて不安なあなたへ

この言葉に引っかかってここへたどり着いた時点で、あなたは自分をよく見ようとしています。

まずは、なぜその一言が胸に刺さるのかを、責めずに眺めていきましょう。

答えを急がず、今の気持ちの置き場所から確かめていきます。

SNSの揶揄に心がざわつく理由

SNSでは、自他境界が曖昧なオタク、という言葉がしばしば揶揄として飛び交います。

誰かを笑うための言葉が並ぶと、自分も同じ側にいる気がして落ち着かなくなります。

心がざわつくのは、あなたが周りの気持ちに敏感だからでもあります。

その敏感さは、推しの表情や声の機微を感じ取れる力の裏返しなんですよね。

揶揄の言葉は、たいてい一番わかりやすい極端な例だけを取り上げます。

その一場面と、あなたの毎日の推し活を、そのまま重ねる必要はありません。

言葉に当てはまる気がすること自体は、何かの異常を示すサインではありません。

気になったという事実は、少し立ち止まりたい合図くらいに受け取れば十分です。

揶揄に心がざわついても、言葉だけで自分を悪い側に決めつけなくて大丈夫です。
揶揄に心がざわついても、言葉だけで自分を悪い側に決めつけなくて大丈夫です。

推しに一喜一憂する自分を責めないで

推しの言動で気分が上下するのは、心を動かして応援している証でもあります。

それを弱さや幼さのように扱わなくていいんです。

配信のたった一言で、一日の気分が決まってしまう日があってもかまいません。

問題は上下すること自体ではなく、その揺れがどれくらい生活に食い込んでいるかです。

揺れている自分を悪者にしないところから、少しずつ始めていきましょう。

ここから先は、その揺れの仕組みをほどいていきます。

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推し活で自他境界が緩むのは自然な心の働き

ここでは、そもそも自他境界とは何かと、推し活でそれが緩みやすい理由を見ていきます。

仕組みが分かると、自分を欠陥のように感じる必要がないことも見えてきます。

自他境界とは自分と他人を分ける線

自他境界とは、自分と他人を別々のものとして扱う、心の中の線のことです。

この線があると、相手の意見に影響を受けても、決めるのは自分だと思っていられます。

たとえば友人に髪型を勧められたとき、参考にしつつ最後は自分で選べる感覚がそれにあたります。

逆に線が薄いと、相手の一言で自分の気持ちまで塗り替えられてしまうんですよね。

境界は白か黒かではなく、相手や状況で濃くも薄くもなるものです。

家族や親しい相手ほど緩みやすいのは、多くの人に共通します。

推しの感情と自分の感情の間に見えない線を意識すると、揺れを少し離れて眺めやすくなります。
推しの感情と自分の感情の間に見えない線を意識すると、揺れを少し離れて眺めやすくなります。

同一視や投影が起きやすい推し活の構造

推し活には、推しと自分の気持ちが溶け合いやすい仕組みが最初から組み込まれています。

推しの喜びを自分の喜びのように感じる一体感は、推し活の醍醐味でもあります。

心理学では、実際の交流がなくても相手を身近な存在のように感じる結びつきを、パラソーシャルな関係(擬似社会的関係)と呼びます。

この関係のなかでは、直接会っていなくても、親しい人のように心が動きます。

さらに、好きな対象に自分を重ねる同一視や、自分の感情を相手の側にあるものとして感じる投影も、誰の心にも起こる自然な働きです。

推し活は毎日その働きを何度も使うので、境界の線がふだんより薄くなりやすいだけなんですよね。

だから境界が緩むのは、あなたの性格の欠点というより、活動そのものの性質によるものです。

推しに深く感情移入するのは珍しいことではなく、多くのファンが同じように経験しています。

疲れや自己評価の低下が重なる背景

境界が緩みやすくなる時期には、いくつか共通する背景があります。

疲れているとき、現実に居場所を感じにくいとき、自分の評価が下がっているときは、推しとの一体感に深く寄りかかりやすくなります。

疲れている時期に推しへ深く寄りかかるのは、心が支えを求める自然な反応です。
疲れている時期に推しへ深く寄りかかるのは、心が支えを求める自然な反応です。

博報堂のオシノミクスレポートでは、推しがいる人のうち、推しは生きがいを与えてくれると答えた人が約7割にのぼると報告されています。

それだけ推しは心の支えになりやすい一方で、支えが一つに偏るほど、揺れも大きくなります。

疲れている時期ほど、その一本の支えに全体重をかけたくなるのは自然なことです。

だからこそ、境界が薄く感じる日は、あなたが弱いのではなく、少し消耗しているサインとして読めます。

推しに寄りかかること自体は悪くありません。支えの数が減っていないかだけ、時々見てあげてください。

楽しい推し活と苦しい状態を見分けるサイン

推し活が楽しい範囲なのか、少し苦しくなっているのか。

その境目を、自分で確かめられる目安を並べていきます。

どれかに当てはまっても、すぐ悪い状態だと決めつける必要はありません。

見る観点楽しめている状態少し立ち止まりたい状態
感情の戻り出来事の後、生活に戻れる頭から離れず切り替えられない
他ファン意見が違っても流せる敵のように感じて消耗する
生活睡眠・お金・予定を保てる削ってでも追ってしまう

推しの出来事に感情が支配される時間

一つの目安は、推しの出来事のあと、自分の生活に戻れるまでの時間です。

うれしさも切なさも、少し経てば日常の作業に戻れるなら、揺れは健やかな範囲といえます。

仕事や家事の最中もずっと推しの出来事が浮かび、手が止まってしまう。

そんな日が続くようなら、気持ちが休む時間を取れていないのかもしれません。

戻れるまでの時間がのびて、何時間も頭を占め続けるなら、心を少し休ませる合図です。

推しの出来事から日常へ戻るまでの時間は、心を休ませる目安になります。
推しの出来事から日常へ戻るまでの時間は、心を休ませる目安になります。

解釈違いや他ファンを敵と感じる頻度

もう一つは、意見の違う相手をどれくらい敵と感じるかです。

解釈違いに触れるたび胸がざわつき、反論せずにいられないなら、境界が薄くなっているのかもしれません。

他ファンの投稿を見て、一日中もやもやが続く日が増えていないでしょうか。

意見が違う人を敵と感じるのは、自分の好きが否定された気がして、心が守りに入るからです。

けれど相手の解釈は相手のもので、あなたの好きが減るわけではありません。

相手を変えたい気持ちが強いときほど、先に自分の消耗へ気づく方が助けになります。

睡眠やお金や人間関係への影響

気持ちの揺れは、生活の輪郭にも表れます。

睡眠を削って情報を追う、予定より多く課金してしまう、周囲との会話が推し一色になる。

睡眠、お金、会話への影響を数字や頻度で見ると、楽しさが重さに変わったサインへ気づけます。
睡眠、お金、会話への影響を数字や頻度で見ると、楽しさが重さに変わったサインへ気づけます。

こうした変化が続くなら、楽しさが少し重さに変わりかけているのかもしれません。

一度、先月の課金額や睡眠時間を、実際の数字でざっと見返してみるのもいいでしょう。

時間やお金の数字で見ると、感覚だけでは気づけない偏りが見えてきます。

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オタクをやめずに境界を育てる練習

ここからは、推しを手放さずに境界を少しずつ育てる練習を紹介します。

どれも小さな習慣なので、続けやすいものから試せば十分です。

高ぶった感情の主語を自分に戻す

感情が高ぶったときは、主語を推しから自分に戻してみます。

推しがひどい、ではなく、私は今こう感じている、と言い換えるだけで距離が生まれます。

主語を戻す習慣は、誰かを攻撃したい衝動が湧いたときのブレーキにもなります。

紙やスマホのメモに書き出してみると、自分の気持ちと実際に起きた事実を分けやすくなります。

書いているうちに、思ったより自分が疲れていたと気づくこともあります。

意見が違う人やSNSと距離をとる

解釈違いや論争に触れて消耗する日は、情報から少し離れる時間をつくります。

通知を切る、特定の話題を非表示にするなど、環境の側を整える方が続きやすいです。

一つだけ挙げるなら、感情が高いあいだの投稿や反論は、落ち着いてからにすること。

距離をとるのは、界隈から逃げることでも、推しへの愛が減ることでもありません。

熱が引いてからでも、言いたいことはたいてい言えます。

情報から少し離れることは、推しへの愛を減らさずに自分を休ませる方法です。
情報から少し離れることは、推しへの愛を減らさずに自分を休ませる方法です。

現実側の居場所や足場をつくる

境界は、現実側に足場があるほど戻りやすくなります。

推し活以外にも、小さくても心地よい時間や関係を残しておくと支えになります。

推しと無関係な趣味や、気軽に話せる相手を一つ持っておくだけでも違います。

現実側の足場は、推しへの気持ちを薄める代わりではなく、揺れを受け止めるクッションになります。

足場があるほど、推し活そのものも、こわがらずに深く楽しめるようになっていきます。

支えが複数あると、推しの出来事に揺れても、戻る場所を見失いにくくなります。

つらさが続くときに頼れる相談先

最後に、つらさが続くときの受け止め方と、相談を考える目安に触れます。

一人で抱えることが前提ではない、という話です。

「推しは他人」を健全さとして受け取る

推しは他人、という言葉は、冷たく突き放す意味ではありません。

相手の人生の責任まで背負わなくていい、という肩の力の抜き方に近いものです。

うれしいときは一緒に喜び、苦しいときは少し離れて見守る。その自由がある関係ほど、長く続けられます。

カウンセリングを考えたい目安

推し活が楽しいより苦しいと感じる日が続く、やめたいのにやめられない感覚がある。

睡眠や仕事、学業に影響が出ているときは、気持ちを整理する時間があってよいころかもしれません。

推しが好きという気持ちと、その揺れに疲れているという事実は、両方あってかまいません。

楽しさより苦しさが続き、生活に影響が出ているなら、相談してよいタイミングです。
楽しさより苦しさが続き、生活に影響が出ているなら、相談してよいタイミングです。

どちらかを我慢して片づけようとするより、混ざったまま話せる場があると楽になります。

専門家に話すのは、推しをやめさせられる場ではなく、揺れの扱い方を一緒に探す場です。

公認心理師などに相談する選択肢も、頑張れなくなる前に、そっと思い出してもらえたらと思います。

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監修者: 石川蓮(公認心理師)

公認心理師、行動心理士。1997年生まれ。北里大学・大学院卒業。その後、公認心理師と行動心理士の資格取得。
在学中は高齢者や生産人口の色覚異常や朝型夜型特性が睡眠に与える効果等の研究を行う。
大学院卒業後、大学病院附属の研究所にてカウンセリングやデータマネジメント担当として勤務。また、都立高校の心理学講師としても勤務。
「心の悩みを持つ方のそばに寄り添う」をモットーに業務遂行しております。

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