学習性無力感は家庭でつくられますか?親に何を言っても無駄だと諦めてしまう

監修者の石川蓮(公認心理師)先生より

何を言っても無駄だと感じてしまうとき、多くの方が自分の性格のせいだと考えがちです。

でも家庭という環境の中で、少しずつ身についた反応であることも実際にはよくあります。

親の前だと言葉が出ない、そんな場面から少し離れて、今の自分を眺めてみてほしいと思います。

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30代女性(会社員・公務員)

実家に電話するたび、母の何気ない一言で気持ちがすっと沈みます。

子どもの頃から何を言っても言い返され、意見を飲み込むのが癖になりました。

仕事でも、違うと思ったことを口に出せません。

どうせ無駄だと先に諦める自分を変えたいのに、動けないままです。

ココラボ相談室からの回答

ご相談ありがとうございます。

何を言っても無駄だと感じてしまう背景には、性格や気の持ちようだけでは説明しきれないものがあります。
その諦めは、家庭という逃げ場のない場所で少しずつ身についた反応なのかもしれません。

ここでは、学習性無力感が家庭でどうつくられるのか、そして今の自分をどんな軸で見つめ直せるのかを、順を追って整理していきます。

何を言っても無駄だと諦めてしまう自分を、まず責めなくていい

親に何を言っても届かない。そんな経験が積み重なると、口を開く前に諦めるのが当たり前になっていきます。

まずはその状態に名前があること、そしてそれが理由のある反応だということから見ていきます。

その無力感には「学習性無力感」という名前がある

何を試しても状況が変わらない経験が続くと、人は次第に行動そのものをやめてしまいます。

この現象を、アメリカの心理学者マーティン・セリグマンは学習性無力感(learned helplessness)と名づけました。逃げられない環境で電気ショックを避けられない経験をした動物が、やがて回避できる場面でも動かなくなる、という実験がもとになっています。

大切なのは、これが能力や意志の弱さではなく、繰り返しの中で身についた学習の結果だという点です。やる気が出ないのは怠けだと感じてきた人ほど、この見方は少し息がしやすくなるかもしれません。

何をしても変わらない経験から諦めを学ぶのは、意志の弱さではなく、身を守るために身についた反応です。
何をしても変わらない経験から諦めを学ぶのは、意志の弱さではなく、身を守るために身についた反応です。

セリグマンは、この状態がうつ病に似た症状につながることも指摘しています。だからこそ、単なる性格の問題として片づけず、いま自分に何が起きているのかを丁寧に見ていく意味があります。

「言っても無駄」は家庭を生き延びる適応だった

諦めぐせがついた自分を、責めたくなる気持ちもわかります。

ただ、当時の家庭の中では、言い返さずに黙ることが最も消耗の少ない選び方だったとも言えます。何を言っても否定される場所で口を閉じるのは、弱さではなく、そこで生き延びるための現実的な工夫でした。

親の前で黙ることは、否定が続く家庭で消耗を減らすための現実的な適応だったと捉え直せます。
親の前で黙ることは、否定が続く家庭で消耗を減らすための現実的な適応だったと捉え直せます。

問題は、その工夫が家庭の外や大人になった今も、自動的に出てしまうことにあります。今も残っているのは弱さではなく、環境がまだ変わりきっていないサインなのかもしれません。

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無力感を生んだ家庭の関わりと、今の状態の見分け方

家庭のどんな関わりが諦めを育てるのか、そして今の自分の状態をどう見分けるのか。

ここでは原因の整理と、自己理解のための軸を、分けて見ていきます。

逃げ場のない家庭だからこそ諦めが学習される

学校や職場と違い、家庭は簡単には離れられない場所です。

逃げ場のない環境で「何をしても変わらない」が続くと、無力感は特に根を張りやすくなります。だからこそ回復には、安心して声を出せる環境があるかどうかが大きく関わってきます。

環境の安全さについては、記事の後半でもう一度触れます。

否定・叱責の反復、過干渉やダブルバインド

無力感を生む関わりは、ひとつの型に限りません。繰り返される否定や叱責、先回りしすぎる過干渉、そして言うことと求めることが食い違うダブルバインドなどが代表的です。

過干渉は一見やさしさに見えますが、子どもが自分で選ぶ機会を奪い続けると、選ぶ力そのものが育ちにくくなります。

繰り返す否定、選ぶ機会を奪う過干渉、矛盾した要求は、どれも自分で動く感覚を弱めやすい関わりです。
繰り返す否定、選ぶ機会を奪う過干渉、矛盾した要求は、どれも自分で動く感覚を弱めやすい関わりです。

ここで大事なのは、親を責めきることが目的ではないという点です。親自身も余裕のなさや、その人なりの事情を抱えていたことは少なくありません。

一時的な無気力と学習された無力感の違い

疲れて何もしたくない日は、誰にでもあります。それが一時的なものなのか、学習された無力感なのかは、いくつかの視点で見分けやすくなります。

見分ける視点一時的な無気力学習された無力感
きっかけ疲労やストレスなど原因がはっきり原因が積み重なり特定しにくい
回復休むと戻りやすい休んでも動き出しにくい
意欲状況を変えたい気持ちは残る変えようとする気力自体が薄れる

どちらか迷うくらいの状態が長く続くなら、後半の相談の目安もあわせて参考にしてみてください。

大人の生活に出る無力感のサイン

子どもの頃の諦めは、大人になっても形を変えて残ることがあります。

意見を求められても言葉が出ない、頼まれると断れない、自分で決めるのが怖い。そんな場面が続くとき、背景に無力感が隠れていることがあります。

休むと戻る一時的な疲れに対し、諦めが長く続き複数の場面に広がるときは、学習された反応も考えられます。
休むと戻る一時的な疲れに対し、諦めが長く続き複数の場面に広がるときは、学習された反応も考えられます。

職場で理不尽な指示にも黙ってしまう、恋愛でも本音を言えず相手に合わせすぎる。そうした形で、家庭で身につけた反応が別の関係にも持ち越されることは珍しくありません。

「どうせ言っても」と引いてしまう感覚が、特定の相手のときだけ強く出るのか、どんな場面でも出るのかを見てみると、自分の状態が少し立体的に見えてきます。この切り分けは、次の回復の順序を考えるときの手がかりにもなります。

環境の安全を先に、そして小さな選択から回復する順序

回復には順序があります。いきなり大きく変わろうとする前に、まず土台を確かめる流れを見ていきます。

焦らず進めるほうが、結果として遠回りになりにくいところです。

変わらない環境で成功体験を積み急がない

回復策としてよく挙がるのが、小さな成功体験の積み重ねです。

ただ、否定が続く環境のままで大きな挑戦をすると、失敗がまた「やっぱり無駄だ」の再学習になりかねません。だから順序としては、まず安心して声を出せる場を確保することが先になります。

否定されない安全な土台を先に確保してから、自分で選べる小さな行動を少しずつ増やしていきます。
否定されない安全な土台を先に確保してから、自分で選べる小さな行動を少しずつ増やしていきます。

成功体験は、その土台ができてから少しずつで十分です。何を成功と数えるかも、テストの点や成果のような大きなものである必要はありません。今日は言いたいことを一つ言えた、それくらいの小ささで数えていくほうが、無理なく続きます。

自分の領域と相手の領域を分ける

消耗を減らすうえで役立つのが、自分と相手の領域を分けて考える視点です。

親がどう反応するか、変わってくれるかどうかは、残念ながら自分の側では動かせません。自分が動かせるのは、連絡の頻度や、どんな話題に踏み込むか、といった自分の領域だけです。

これは冷たい線引きではなく、限られた気力を守るための選び方として捉えてみてください。

親との距離は絶縁か我慢の二択にしない

親との関係を、切るか耐えるかの二択で考えると、それだけで気持ちが追い詰められます。

距離は、会う頻度・会う場所・話す話題という、細かく調整できる変数です。連絡は月に一度にする、深い話題は避けるといった、中間の選び方もあります。

相手の反応は動かせなくても、連絡の頻度や話題など自分の選択を調整し、限られた気力を守れます。
相手の反応は動かせなくても、連絡の頻度や話題など自分の選択を調整し、限られた気力を守れます。

今日どちらかに決めなくてよい、という余白を残しておくことも、立派な選択のひとつです。

小さな選択から成功体験を積み直す

土台が整ってきたら、日常の小さな選択から始めてみます。

自己決定理論(Deci & Ryan)では、人が意欲を保つうえで、自分で選べる感覚、できたという手応え、人とのつながりの三つが支えになるとされています。昼食を自分で選ぶ、意見を一つだけ口にしてみる、そうした小さく完結する選択が、自己効力感を少しずつ育てます。

成果そのものより、自分で選べたという過程のほうに目を向けてあげてください。

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一人で抱えず、専門家に相談してよいサイン

自分だけで抱えないほうがよい状態もあります。

最後に、相談を考えるときの目安と、親の立場でこの記事を読んでいる方への一言をお伝えします。

うつ状態と学習性無力感は見分けにくい

学習性無力感の状態は、抑うつの症状と重なって見えることがあります。

気分の落ち込みや意欲の低下が2週間以上続き、睡眠・食欲・仕事や家事に支障が出ているときは、自力だけで抱え込まない目安です。そうした場合は、心療内科や精神科など医療の力を借りることも選択肢になります。

公的な窓口としては、厚生労働省のまもろうよ こころから相談先を探すこともできます。消えてしまいたいと感じるほどつらいときは、ためらわず早めにこうした窓口へつないでください。

落ち込みや生活への支障が続くときは、医療機関や公的窓口へつながることが安全を守る一歩になります。
落ち込みや生活への支障が続くときは、医療機関や公的窓口へつながることが安全を守る一歩になります。

カウンセリングでできること

一人で振り返ると、かえって自責が強まってしまうこともあります。

カウンセリングでは、公認心理師などの専門家と一緒に、諦めが出る場面やその背景を、安全な場で少しずつ整理していけます。認知行動療法のように、「どうせ無駄」という思い込みを、事実と切り分けて見直していく関わり方もあります。

家庭の中では言葉にしづらかったことも、利害のない第三者の前だと少しずつ口に出せることがあります。まさにその安全な環境が、無力感がほどけていくための土台になります。

変わることを急かされる場ではなく、今の状態に名前をつけていく時間だと考えてみてください。

医療につなぐ、安全な場で話す、今日から関わりを変えるなど、立場や状態に合う支援の入口があります。
医療につなぐ、安全な場で話す、今日から関わりを変えるなど、立場や状態に合う支援の入口があります。

「これは私が招いたのか」と悩む親へ

この記事を、親としての立場から読んでいる方もいるかもしれません。

子どもの様子を見て、これは自分が招いたことなのかと責める声は、決して珍しいものではありません。過去のやり取りは巻き戻せませんが、今からできる関わりは残されています。先回りを少し減らす、子どもが選ぶのを待ってみる、その一つひとつです。

自分を責め続けるより、今日からの小さな関わりに目を向けるほうが、親子どちらの消耗もやわらいでいきます。

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監修者: 石川蓮(公認心理師)

公認心理師、行動心理士。1997年生まれ。北里大学・大学院卒業。その後、公認心理師と行動心理士の資格取得。
在学中は高齢者や生産人口の色覚異常や朝型夜型特性が睡眠に与える効果等の研究を行う。
大学院卒業後、大学病院附属の研究所にてカウンセリングやデータマネジメント担当として勤務。また、都立高校の心理学講師としても勤務。
「心の悩みを持つ方のそばに寄り添う」をモットーに業務遂行しております。

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