親和欲求とは何ですか?誰かといたい気持ちが強い自分が重たい気がして不安です

監修者の石川蓮(公認心理師)先生より

誰かといたい気持ちが強いと、それだけで自分は重たいのかなと思ってしまう方は多いです。

でも、人を求める力は、生きる上での支えにもなります。

良し悪しの札を貼らずに眺めてみませんか。

強い日もあれば、ふっと落ち着く日もある。

その幅ごと、自分の一部にできたらと思います。

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30代女性(会社員・公務員)

友人でも恋人でも、少し連絡が空くと落ち着かなくて、つい自分から追いかけてしまいます。

一人の休日が続くと、予定を埋めたくてそわそわして、誰かに会いたくなるんです。

こんなに人を求める自分が、なんだか重たい気がして。

このままでいいのか、時々わからなくなります。

ココラボ相談室からの回答

ご相談ありがとうございます。

誰かとつながっていたい気持ちが強いと、自分を持て余してしまう日がありますよね。その揺れは、あなたが冷たいからでも弱いからでもありません。

親和欲求とは何かをたどりながら、高い人と低い人の現れ方や、気持ちとの付き合い方を一緒に整理していきます。急いで直そうとしなくていい、というところから見ていけたらと思います。

その「重たさ」は責めなくていい

誰かと一緒にいたい。

その気持ちが強い自分を、重たいのではと感じていませんか。

ここでは、その感覚がどこから来るのかを一緒に見ていきます。

誰かといたい気持ちの正体

人が誰かとつながっていたいと願うのは、自然な心の動きです。

心理学では、この願いを親和欲求と呼びます。

一人でいると落ち着かない。

連絡が返ってこないと、そわそわしてしまう。

そうした反応は、あなたの弱さではありません。

むしろ、人と安心を分かち合おうとする心の働きです。

ただ、その気持ちが強く出る日は、自分でも持て余すことがあります。

重たいと感じているのは、気持ちそのものではないのかもしれません。

しんどさが出ているのは、扱いきれなさのほうです。

つながりたい気持ちは弱さではなく、誰かと安心を分かち合おうとする自然な心の働きです。
つながりたい気持ちは弱さではなく、誰かと安心を分かち合おうとする自然な心の働きです。

一人が平気な人がうらやましく見える理由

周りに、一人でも平気そうな人がいると、まぶしく見える瞬間があります。

自分だけが人を必要としすぎている気がして、つい比べてしまうのです。

でも、一人が平気に見える人にも、その人なりの安心の取り方があります。

人と近づく回数が少ないだけで、つながりを求めていないわけではありません。

求め方の形が違うだけ

そう考えると、少し肩の力が抜けます。

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親和欲求とは、どんな気持ちを指す言葉か

まずは言葉の意味を整理します。

親和欲求とは何かを知ると、自分の状態に名前がつきます。

名前がつくと、揺れの正体をつかみやすくなります。

他者と結びつきたいと願う欲求

親和欲求とは、他者と友好的な関係を築き、受け入れられたいと願う気持ちのことです。

誰かと一緒にいたい、仲間に加わりたい、という感覚がこれにあたります。

この欲求があるからこそ、人は誰かに近づき、関係を育てます。

つまり、人とのつながりを支える土台のようなものです。

強い弱いの差はあっても、多くの人が持っている心の働きです。

たとえば、うれしいことがあったとき、誰かに話したくなる。

その素朴な衝動も、親和欲求のあらわれの一つです。

親和欲求は、一緒にいたい、受け入れられたいという思いを通して、関係を育てる土台になります。
親和欲求は、一緒にいたい、受け入れられたいという思いを通して、関係を育てる土台になります。

この欲求に、良い悪いの色をつける必要はありません。

強く出る人もいれば、静かに保つ人もいる。

その幅こそが、人それぞれの持ち味になります。

マレー・マクレランド・マズローの位置づけ

親和欲求は、複数の心理学者が別の角度から扱ってきた概念です。

心理学者ヘンリー・マレーは、人の心理的な欲求の一つとして親和欲求を挙げました。

マクレランドは、人の動機を三つに整理しました。達成欲求・権力欲求・親和欲求です。

マズローの欲求段階説では、所属と愛を求める社会的欲求として位置づけられます。

呼び方や枠組みは違っても、指しているのは人とつながりたいという同じ心の動きです。

自己開示との関わりの深さ

親和欲求は、自己開示と深く結びついています。

自己開示とは、自分のことを相手に少しずつ伝えていく行為です。

一方だけが打ち明けても、関係はなかなか深まりません。

お互いが同じくらいの深さで話せたとき、親しみが育ちます。

お互いのことを少しずつ同じくらいの深さで話すと、無理なく親しみを育てやすくなります。
お互いのことを少しずつ同じくらいの深さで話すと、無理なく親しみを育てやすくなります。

つながりたい気持ちが強い人ほど、開示の量やタイミングで揺れやすい面があります。

早く距離を縮めたくて、一気に打ち明けてしまう。

逆に、嫌われるのが怖くて、当たり障りのない話でとどめてしまう。

どちらも、親和欲求の強さが背景で動いていることがあります。

自分がどちらに傾きやすいかを知るだけでも、対話は少し楽になります。

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不安になると人を求める心のしくみ

なぜ不安なときほど、人が恋しくなるのか。

この仕組みが分かると、自分を責める必要のなさが見えてきます。

不安が高まると一緒にいたくなる実験結果

心理学者シャクターは、1959年に不安と親和欲求の関係を調べました。

強い電気ショックを予告された高不安の人たち。その約62.5%が、誰かと一緒に待つと答えました。

一方、軽い刺激だと説明された低不安の人たち。同じ選択をしたのは約33%でした。

不安が高いほど、人は誰かのそばにいたくなる。

この実験は、その傾向を示したものとして知られています。

ただし、後の追試では必ずしも同じ結果が出ていません。

数字は絶対の法則ではなく、傾向の一つとして受け取るのが安全です。

不安が高まると誰かを求め、そばにいる人と自分の状態を確かめようとする心の動きがあります。
不安が高まると誰かを求め、そばにいる人と自分の状態を確かめようとする心の動きがあります。

同じ状況の人を求める心理

シャクターの実験には、もう一つ興味深い発見がありました。

不安なとき、人は誰でもいいわけではなく、同じ状況にいる人を求める傾向が強かったのです。

自分の感じている不安が、おかしなものではないか。

それを、似た立場の人と照らし合わせて確かめたい。

そんな確かめ方を、私たちは無意識にしています。

一人でいたくないのは、甘えではありません。

自分の状態を確かめようとする、静かな試みでもあります。

似た立場の人と話すと、抱えていた不安の輪郭が見えてきます。

自分だけがおかしいわけではない、と思えるだけで、気持ちは少しほどけます。

見捨てられ不安・依存との違い

ここで、親和欲求と見捨てられ不安を分けて考えたいところです。

両者は似て見えますが、同じものとは限りません。

親和欲求は、一緒にいて安心を積み重ねたいという方向を向いています。

見捨てられ不安は、離れることそのものへの強い恐れが中心にあります。

つながりたい気持ちと、離れることへの強い恐れは重なることもありますが、分けて捉える視点が大切です。
つながりたい気持ちと、離れることへの強い恐れは重なることもありますが、分けて捉える視点が大切です。

連絡が取れないだけで頭がいっぱいになる。

相手の予定を細かく確かめないと落ち着かない。

そうした状態が続くなら、つながりたい気持ちとは別の不安が混じっているのかもしれません。

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親和欲求が高い人・低い人の現れ方

ここからは、高い人と低い人で日常の何が違うのかを整理します。

自分がどちらに近いかを、優劣ぬきで眺めてみてください。

親和欲求が高いときに起きやすいこと

親和欲求が高い人は、人との関わりの中で安心を得やすいタイプです。

誘いを断りにくい。

一人の予定が続くと、落ち着かない。

返事が来ないと、何度もスマホを見てしまう。

こうした場面に心当たりがあるなら、人を通して自分を整えているのだと思います。

社交的で協力的と言われる一方、周りに合わせすぎて疲れることもあります。

みんなが楽しそうだと、自分もほっとする。

そのぶん、場の空気を読みすぎて、本音を後回しにしがちです。

人といて安心できる力は支えになる一方、周りに合わせすぎると気疲れにつながることもあります。
人といて安心できる力は支えになる一方、周りに合わせすぎると気疲れにつながることもあります。

人といて安心する力は、裏返すと気疲れのもとにもなります。

親和欲求が低いときに起きやすいこと

親和欲求が低い人は、一人の時間で回復するタイプです。

大人数より、少人数や一対一のほうが心地よい。

予定が空いていても、寂しさより身軽さを感じる。

これは、人に興味がない冷たさとは違います。

関わる相手を絞り、自分のペースを保っているだけです。

静かな時間が、その人にとっての充電になっています。

周りからは、付き合いが悪いと見られることもあります。

けれど本人は、少ないつながりで十分に満たされている場合が多いのです。

人と離れていたい気持ちも、心理学では親和回避欲求として語られてきました。

人と過ごして回復する人も、一人で静かに回復する人も、どちらも安心を得る回路の個性です。
人と過ごして回復する人も、一人で静かに回復する人も、どちらも安心を得る回路の個性です。

高低に優劣はなくグラデーション

高いか低いかは、白黒で分かれるものとは限りません。

実際には、その人の中でも相手や時期によって濃淡が変わります。

仕事では一人が平気でも、弱ったときは誰かに頼りたくなる。

そんな揺れがあって当然です。

高いから直す、低いから増やす、という話ではないと考えています。

どちらも、自分が安心を得る回路の個性です。

大切にしたいのは、どちらのタイプかを当てる作業ではないはずです。

今の自分が、どんな場面で人を必要とするのかに気づくこと。

そこから、無理のない付き合い方が見えてきます。

気持ちは否定せず、行動と相談先を選ぶ

残るのは、この気持ちとどう付き合っていくかです。

変えるべきは欲求ではなく、行動の選び方のほうです。

つながりたい気持ちと境界線を越える行動を分ける

つながりたい気持ち自体は、抑えこむ必要のないものです。

ただ、その気持ちが相手の領域に入り込むと、関係がきしむことがあります。

返信を強く迫る。

相手の時間を独り占めしようとする。

こうした行動は、気持ちとは切り離して見直せます。

気持ちは受け止めたまま、行動だけを選び直す

この分け方ができると、相手との距離が保ちやすくなります。

たとえば、返信が来なくて不安なとき。

気持ちは認めつつ、催促の連投はひと呼吸おいて控える。

そんな小さな選択の積み重ねが、関係をすり減らさずに済む道になります。

つながりたい気持ちは受け止めたまま、催促などの行動だけを選び直し、ひと呼吸おくことができます。
つながりたい気持ちは受け止めたまま、催促などの行動だけを選び直し、ひと呼吸おくことができます。

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「病気なのか」「変えられるのか」という疑問に

親和欲求が強いのは病気なのか、と気になる方もいます。

親和欲求は疾患ではなく、誰もが持つ心の傾向です。

変えられるのか、という問いについては、無理に矯正するものではないと考えます。

傾向そのものより、しんどくなる場面での対処を少しずつ整えるほうが現実的です。

強い自分を丸ごと変えようとすると、たいてい反動でつらくなります。

それよりも、揺れた瞬間の過ごし方を一つ持っておく。

そのほうが、日々の負担は軽くなります。

一人が好きな自分は冷たいのか、と悩む方もいます。

けれど、静けさを好むことと、人を大切に思うことは両立します。

専門家に相談した方がよいサイン

とはいえ、つらさが日常に食い込んでいるなら、話は別です。

次のような状態が続くときは、一人で抱えなくてよい段階だと思います。

  • 一人になると強い不安や動悸が出て、生活が回らない
  • 相手と連絡が取れないと、何も手につかない
  • 気分の落ち込みや不眠、食欲の変化が続いている

こうしたサインが数週間以上続くなら、早めに人の手を借りて構いません。

電話やSNSで相談できる窓口は、厚生労働省の「まもろうよ こころ」にあります。

公認心理師などの専門家に話すことも、選べる手段の一つです。

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監修者: 石川蓮(公認心理師)

公認心理師、行動心理士。1997年生まれ。北里大学・大学院卒業。その後、公認心理師と行動心理士の資格取得。
在学中は高齢者や生産人口の色覚異常や朝型夜型特性が睡眠に与える効果等の研究を行う。
大学院卒業後、大学病院附属の研究所にてカウンセリングやデータマネジメント担当として勤務。また、都立高校の心理学講師としても勤務。
「心の悩みを持つ方のそばに寄り添う」をモットーに業務遂行しております。

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